学習・リスキリングはいかに定着するのか?
人材育成・リスキリングは「研修の良し悪し」ではなく、戦略・役割・設計・文化・測定が噛み合う経営課題である。
このページで考えること
・なぜ研修は職場で定着しないのか
・人材育成・リスキリングを経営課題として扱うとはどういうことか
・学びを職場行動や組織成果へつなぐには何が必要か
・SRACEモデルとは何か
・自社の取り組みは、いまどの段階にあるのか
研修の問題ではなく、接続の問題である
人材育成やリスキリングがうまくいかないとき、責任は研修の質に帰せられがちです。しかし、職業訓練研究の蓄積を見ると、個人の学習が職場行動や組織成果へ波及するまでには、研修内容以外の複数の条件が関わることが、長く知られてきました。
たとえば、研修で学んだ内容が、自分の役割と直接結びついていなければ、知識は記憶に残っても行動には反映されません。学んだ後に試す場が業務のなかになければ、定着の機会そのものが存在しません。学習を試みる挑戦が安心して許容される職場文化がなければ、人は新しいやり方に踏み出しにくくなります。何を測るかが受講率だけに留まっていれば、学習が業務改善や成果に届いているかは見えなくなります。
つまり、人材育成・リスキリングの効果が出るかどうかは、研修単体の優劣ではなく、研修と業務、戦略、文化、測定が「つながりとして設計されているか」で決まります。これは研修担当部門だけの問題ではなく、経営、現場、人事、IT推進、教育のすべてが関わる経営課題です。
SRACEモデル : 5つの軸で人材育成・リスキリングを点検する
私は、複数の事例を比較可能な形で読み解くために、SRACEモデルという5つの軸を提案しています。これは経営学・組織論・人的資源管理論で蓄積されてきた知見を、実務の言葉で整理し直したものです。
S - Strategy:戦略的接続
経営課題と人材育成・リスキリング施策が、同じ文脈で語られているか。
R - Role/Skill:役割・スキル
誰に、どの役割やスキルが求められているか。
A - Architecture:学習から業務までの設計
学習機会と業務のあいだに、つながりが組み込まれているか。
C - Culture:学習文化と推進体制
継続を支える文化と体制が、具体点として記述できるか。
E - Evidence:測定と活用
測定した指標が、次の意思決定に使われているか。
学習から成果へ:4段階の連関
人材育成・リスキリングの成果を、研修の受講率だけで測ることも、財務指標だけで測ることも、どちらも実務上は不十分です。 私は、学習がどのように業務と組織成果へ届いていくかを、4つの段階の連関として整理しています。
1. 学習 ── 研修等の学習機会への参加(受講率、学習時間)
2. 到達 ── 資格、修了、スキル水準の獲得
3. 行動 ── 業務でその学びが活用されている状態(支援件数、改善提案件数)
4. 成果 ── 運用・事業の指標として現れる結果(売上、稼働率、定着率など)
ある組織が議論しているのが「学習」の段階なのか、「行動」の段階なのか、「成果」の段階なのかを区別することで、人材育成の議論は「研修を増やすか減らすか」から、「成果連関のどこを前に進めたいのか」という問いに変わります。
自社はいまどの段階か:成熟度フレームワーク
SRACEの5軸それぞれについて、組織がいまどの段階にあるかを4段階で記述するフレームワークも、白書では提示しています。
これは「達成度」のランク付けではなく、「何が言えていて、何が暗黙のままか」を関係者で共有するための枠組みです。例えばS(Strategy)が理念として語られていても、目標値や重点領域が曖昧なら、E(Evidence)は受講率などの学習指標に留まりやすくなります。R(Role/Skill)が「従業員全般」という大きな括りであれば、A(Architecture)の設計も点在しがちです。
成熟度フレームワークは、こうした「つながらなさ」が、SRACEのどこに起因しているかを言語化するためのレンズです。詳細な記述基準と各組織の現在地は、白書本体で確認いただけます。
自社のリスキリングを点検してみる
そのまま会議に持ち込めるよう、SRACEに沿った点検の問いを置いておきます。
S(Strategy:戦略的接続)
・いま進めている人材育成・リスキリング施策は、どの経営課題と結びついているか、一文で説明できるか?
R(Role/Skill:役割・スキル)
・施策の対象は「誰」に、「どの役割・スキル」を求めているか。「従業員全般」になっていないか?
A(Architecture:学習から業務までの設計)
・学習機会と業務のあいだに、何回、どのような形で接続点があるか。学んだ後に試す場はあるか?
C(Culture:学習文化と推進体制)
・推進の中核人員は誰か。議論の頻度は決まっているか。継続を確認する場はあるか?
E(Evidence:測定と活用)
・測定している指標は、学習・到達・行動・成果のどこに重心があるか。指標は意思決定に使われているか?
関連する資料・著作
■ 白書
筈井俊輔(2026)『人材育成・リスキリング白書 ── 北海道先行事例から読み解くSRACEモデルと成熟度フレームワーク』北海道国立大学機構:文部科学省「地域ニーズに応える産学官連携を通じたリカレント教育プラットフォーム構築支援事業」北海道国立大学機構「北海道リカレント教育プラットフォーム」の助成を受けて実施した調査の成果報告。北海道内7社の事例分析にもとづき、SRACEモデル、成熟度フレームワーク、5タイプ分類、7つの実装パターンを提示。
■ 関連する研究の系譜
本白書は、Baldwin & Ford(1988)による研修転移研究、Blume et al.(2010)のメタ分析、Aguinis & Kraiger(2009)の能力開発研究、SHRM(戦略的人的資源管理論)の知見を踏まえています。
次に読む
人材育成・リスキリングと関連する研究テーマを、二つ紹介します。
仕事はいかに立ち上がるのか?
学びがなぜ職場で「使われる」と「使われない」に分かれるのか。その背景にある「仕事は与えられるものではなく、現場で創発するもの」という見方を扱うページです。