研究テーマ
私の研究の根底には、「現場で何かが新しく立ち上がるとき、そこで何が起きているのか」という問いがあります。
研修を受けただけでは学びは仕事にならず、また、システムを入れただけでは現場は変わりません。それでも、ある条件が重なったときに、人と人、人とモノ、場所や道具の関係のなかから、これまでになかった実践が現れてくることがあります。
私の研究は、その「立ち上がる条件」を、組織論を中心に、批判的実在論やフィールドワークを手がかりに考えてきたものです。このページでは、いまの研究を五つの問いに分けて紹介します。
1. 仕事はいかに立ち上がるのか?
仕事は、職務記述書に書かれた内容として最初から完成しているわけではありません。住宅営業の同行、スポーツチームのトレーニング、サテライトオフィスでの分散協働。私が調査してきた現場では、人と人、人とモノ、役割や空間が組み替わるなかで、誰に命じられたわけでもない仕事が立ち上がっていました。そうした立ち上がりを、職場という「エコロジー」での出来事として読み直そうとしてきました。
2. 学習・リスキリングはいかに定着するのか?
北海道の企業・団体を取材するなかで、学びが組織に根づく場合には共通する条件があることが見えてきました。経営課題と人材育成が同じ文脈で語られていること、誰にどの役割が求められているかが具体的に定まっていること、研修とOJT、標準化された業務文書、対話の場、測定指標が、つながりとして設計されていること。私はこれをSRACEという五つの軸で整理し、経営の問題として議論できる枠組みとしてまとめました。
3. 技術導入・DXはなぜ根づかないのか?
技術が「ある」ことと、それが仕事のなかで「使われる」ことのあいだには、距離があります。誰が、どの場面で使うのか。それによって誰の判断や役割が変わり、新しくどんな調整の仕事が誰のところに発生するのか。この距離を、社会物質性や批判的実在論の視座から、技術と仕事のあいだに起こる「再編」として考えてきました。サテライトオフィスの研究や組織ルーチン研究は、その入り口にあるものです。
4. 長く続く事業やインフラは、どのように支えられるのか?
滋賀県長浜市と京都大学、市民団体が共同で運営する「ながはま0次予防コホート事業」は、1万人規模の市民が長期にわたって参加する、世界でも稀な科学インフラです。同事業を分析するなかで分かったのは、表層のルーチンが安定して見える時期にも、深層では協力関係や審査制度、設備の構造が静かに組み替わり続けている、ということでした。
5. 海外拠点の現地化は、なぜ難しいのか?
現地化を「権限移譲」や「現地人材の登用」で語る議論は多いのですが、現場ではそれだけでは説明のつかないことが起きています。iCHANGEと呼ばれるプロジェクトの調査では、コーチングと対話を通じて、現地従業員が「ロール・モデルになる」という新しい主体性を獲得していく過程が見えてきました。これは制度上の権限の問題というより、組織のなかで誰が主語になるか、現地で生まれた問いや知見がどこに届くか、という問題です。
視座と方法:五つのテーマを貫くもの
五つのテーマは、共通する方法論で結ばれています。観察できる出来事と、観察できない構造の両方を視野に入れて考える、という構えです。
組織や仕事を、組織図や規則、作業手順、生産性として語ろうとすると、肝心なものがすっぽり抜け落ちてしまいます。私たちが普段「組織」と呼んでいるのは、実際には人と人の社会構造と、人とモノの物質的構造が絡み合った社会技術的な実在です。それを捉えるためには、目の前の出来事を観察するだけでなく、「ある出来事が起きるためには、組織はどうなっていなければならないか」と逆向きに問う作業が要ります。私の研究は、批判的実在論と社会物質性の視座を手がかりに、この逆推論を組織の現場で繰り返してきたものです。