長く続く事業やインフラは、どのように支えられるのか?

 長期事業の継続は、ルーチンの反復ではなく、表層の業務と深層の構造のあいだで推論と介入を往復する重層的な活動である。 


 このページで考えること 

・長期継続事業は、なぜ「続けること自体」が難しいのか
・ルーチンの反復だけでは、何が見えなくなるのか
・業務の背後にある構造とは何か、どう捉えればよいのか
・インフラ構築を組織論から見るとはどういうことか
・自分が関わる事業を、深層から見直すとはどういうことか

「続いている」は、安定とは限らない

 長く続く事業を見るとき、私たちはしばしば、日々の業務が滞りなく繰り返されている様子に注目します。健診が毎年予定通り行われている。手順書通りに業務が回っている。参加者が継続して関わっている。これらは確かに、事業が機能している証です。

 けれども、同じ業務が繰り返されているように見えても、その背後で何かが変化していないとは限りません。

 人が入れ替わる。制度が改正される。参加者との関係が成熟する、あるいは形骸化する。技術やデータの扱い方が、現場の判断で少しずつ書き換わっていく。これらは、表層のルーチンを観察しているだけでは見えません。

 それでも事業が続くには、表に見える業務と、背後にある構造の両方が、それぞれの仕方で維持され、組み替えられている必要があります。表層が安定しているからといって、深層も安定しているわけではないのです。

表層と深層:重層的ダイナミクスという見方

 私の研究では、批判的実在論という社会存在論の枠組みを手がかりに、長期事業を「重層的ダイナミクス」として捉えてきました。

 批判的実在論の中心的な考え方は、現実には「観察できる出来事の領域」と「観察できない構造の領域」の両方があり、両者の関係から物事が生じている、というものです。これは抽象的な話ではなく、長期事業の現場では至るところで観察できる事実です。

 たとえば、ある健診業務がスムーズに進んでいる時、その背後には、参加者との信頼関係、複数の機関の協力体制、データの保管・管理の仕組み、関係者間の暗黙の了解といった構造が支えとして存在しています。これらの構造は直接観察できませんが、健診業務という観察可能な事象の背後で確実に働いています。

 そして重要なのは、この構造は不変ではない、ということです。日々の業務が行われるたびに、構造は再生産されたり、少しずつ組み替えられたりしています。新しい参加者が加わる。データの蓄積が新しい用途を生む。協力機関の人事異動で関係性が更新される。こうした変化は、表面的な業務には反映されないまま、深層で進行していきます。

 長期事業の継続は、表層の業務と深層の構造が、相互に再生産・組み替えを続けるダイナミクスとして理解できます。同じ健診が繰り返されているように見えても、その下では構造が静かに更新されているのです。

ながはま0次予防コホート事業:17年の継続を解剖する

 この重層的ダイナミクスを実例で見るために、私が共同研究者の吉澤剛氏とともに分析してきた「ながはま0次予防コホート事業」を紹介します。

 ながはま0次予防コホート事業は、2005年に京都大学医学研究科と滋賀県長浜市が共同で立ち上げた科学インフラ事業です。「コホート」とは、市民を長期間追跡することで疾病の発症メカニズムを解明する疫学的手法であり、統計的に意味のある研究をするには最低1万人の参加者と数十年の継続が必要とされます。
ながはまコホート事業は、市民が積極的に参加している世界的にも稀な成功事例として知られています。

表層では:健診業務のルーチン化

 事業の表面で起きていることだけを見れば、これは典型的な「ルーチンの繰り返し」です。

 毎年、長浜市の市民が健診会場を訪れ、生体試料(血液、尿)が採取され、データが蓄積されていく。受付、問診、採血、データ入力という流れが、年を追うごとに洗練され、効率化されていきました。健診当日のスタッフ配置、機器の設置場所、参加者への声かけ方まで、すべてがパターン化されていきました。

 このルーチン化は、長期事業の安定運営という点で確かに重要です。同じことを同じ品質で繰り返せることは、コホート研究の生命線でもあります。

深層では:構造が静かに組み替わっていく

 しかし、表層のルーチン化だけがこの事業を支えていたのではありません。深層では、いくつもの構造的な変化が静かに進行していました。

 事業開始当初、京都大学が長浜市に協力を依頼しただけでは、研究協力者は集まりませんでした。市民が「自分たちの事業」として引き受けるためには、別の構造が必要だったのです。そこで2008年、市民団体「健康づくり0次クラブ」(以下、0次クラブ)が設立され、事業に参画しました。これにより、京都大学・長浜市・0次クラブの三者関係という新しい社会構造が形成されました。

0次クラブは単なる協力団体ではありませんでした。健診業務の一部を担い、やがて健診全体の運営を引き受けるまでになりました。さらに重要なのは、研究者の振る舞いに疑念を抱いた0次クラブが、独自のコンプライアンス委員会と審査制度を立ち上げたことです。これは、市民が研究者の「下請け」になるのではなく、研究の倫理的な担い手として自らを位置づけ直すという、深層の構造変化でした。

 技術的な面でも変化は続きました。2003年のヒトゲノム計画完了を受けて、ゲノム解析技術が急速に進化し、当初の事業計画では想定されていなかった研究が可能になっていきました。生体試料バンクは単なる保管庫から、新しい研究を生み出すインフラへと位置づけが変わっていきました。

 これらの変化はすべて、健診業務という「見える業務」の背後で起きていました。健診の場面そのものは大きく変わっていなくても、その健診を支える構造は、絶えず組み替えられ続けていたのです。

表層と深層の往復としての事業継続

 ながはまコホート事業が17年以上にわたって継続し、発展してきたのは、表層のルーチンが安定していたからではありません。表層のルーチンが安定して見える時期にも、深層の構造が組み替えられ続けていたからです。

 そして、深層の構造変化は、自然に起きたわけではありません。京都大学、長浜市、0次クラブの関係者が、それぞれの場面で「ある介入」を行ってきた結果です。長浜市が市民団体の参画を認めたこと。0次クラブが健診業務を引き受けたこと。0次クラブが研究者の振る舞いを問題化し、倫理体制を整えたこと。これらの介入が、事業を新しい段階へと押し上げていきました。

 長期事業の継続とは、ルーチンを守り続けることではありません。表層の業務を観察しながら、深層で何が起きているかを推論し、必要な介入を行う。この推論と介入の往復が、事業を生かし続けるのです。

インフラ構築のマネジメント:推論と介入の往復 

 ながはまコホート事業の分析から見えてくるのは、長期事業のマネジメントが、通常イメージされる「業務管理」とは異なる性格を持っているということです。

 通常の業務管理は、計画通りに業務が遂行されているかを確認し、ズレがあれば修正する活動です。これは、観察可能な事象のレベルでの管理です。

 それに対して、長期事業のマネジメントには、もう一つのレイヤーが必要です。それは、観察可能な業務の背後で、構造に何が起きているかを推論する作業です。「なぜいま、この業務がこのように回っているのか」「この継続を可能にしている、見えない仕組みは何か」「いま、深層で何が組み替わりつつあるのか」。こうした問いを立てて、構造に対して介入する判断を行う活動です。

 批判的実在論は、私たちが構造に近づくためには、世界に介入し続けることでしか知識を得られないと言います。長期事業のマネジメントもまさにそのような活動です。事業を順調に回すための業務管理だけでなく、事業を支える深層構造に対して、意図的に介入し、その反応から構造の輪郭を理解する。この推論と介入の往復が、長期事業を生きたものとして保ちます。

 事故が起きた長期インフラ事業の多くは、表層の業務管理が機能していなかったわけではありません。むしろ、表層は完璧に近いほど整っていることが多いのです。問題は、深層の構造変化が見過ごされ、誰も介入できなかったことにあります。

組織を越えて:人新世の視点から見たインフラ

 私の研究は近年、長期事業やインフラの問題を、組織の枠を越えた地球的な時間軸の中で考える方向にも広がっています。

 人新世(Anthropocene)という概念は、人間の活動が地球の地質や生態系に決定的な影響を及ぼすようになった時代を指す言葉です。この時代には、私たちが「組織」として捉えてきた営みも、地球の時間軸の中に置き直して考える必要があります。

 たとえば、農業や畜産における育種改良、ゲノム解析の応用、長期環境観測のインフラ。これらは個別の組織の事業として始まりますが、その影響は組織の境界を越えて、生態系や地球史的な変化に接続していきます。組織が自然を「背景」として扱う従来の見方では、こうした接続を捉えられません。

 長期事業やインフラを考える際、組織内部のマネジメントだけでなく、その事業が地球や生態系の中でどんな位置を占めているかを問う視点も、これからの研究には欠かせないと考えています。これは思索的な領域ですが、長く続く仕組みを設計し、運営する人にとっては、避けて通れない問いになりつつあります。

自分の事業を深層から見直す 

 長期事業に関わる方が、自分の事業を深層から見直すための問いを置いておきます。即座の答えは出ないかもしれません。むしろ、すぐには答えが出ない問いをゆっくり考えることが、長期事業のマネジメントには欠かせません。

  • 表層と深層を分けて見る
  • 構造の変化を読む
  • 介入の機会を見出す
  • 事業の境界を越えて見る

関連する論文・研究

■ 主要論文
筈井俊輔・吉澤剛(2023)「市民によるインフラ構築としてのゲノムコホート事業:批判的実在論から見た業務継続のダイナミクス」『組織科学』Vol.56, No.3, pp.4-17:ながはま0次予防コホート事業を、組織ルーチン研究と批判的実在論を架橋する形で分析した論文。「重層的ダイナミクス」モデルを提示し、表層のルーチンと深層の構造の相互作用として長期事業を捉える視座を提案しています。
筈井俊輔(2024)「種を越えたうねりをつかむ組織研究を目指して ── 人新世の組織論の問い」『商学討究』第75巻第2号:組織研究を地球的な時間軸の中に置き直す試論。インフラと組織の関係を、人新世という視点から考え直す論考です。

■ 単著(本テーマと密接に関連)
筈井俊輔(2021)『なぜ特異な仕事は生まれるのか?──批判的実在論からのアプローチ』京都大学学術出版会:第21回日本社会学会奨励賞(著書の部)受賞作。批判的実在論に基づく組織論を体系的に提示しています。

■ 参照される主要研究
Feldman, M. S., & Pentland, B. T. (2003). Reconceptualizing organizational routines as a source of flexibility and change. Administrative Science Quarterly, 48(1), 94-118.
Henfridsson, O., & Bygstad, B. (2013). The generative mechanisms of digital infrastructure evolution. MIS Quarterly, 37(3), 896-931.
Edwards, P. N., Bowker, G. C., Jackson, S. J., & Williams, R. (2009). Introduction: An agenda for infrastructure studies. Journal of the Association for Information Systems, 10(5), 364-374.
Bhaskar, R. (1998). The possibility of naturalism: A philosophical critique of the contemporary human science (3rd ed.). Routledge.

次に読む

長期事業・インフラに関連する研究テーマを、二つ紹介します。

仕事はいかに立ち上がるのか?

 長期事業の継続を支える「現場で立ち上がる仕事」とは何か。批判的実在論に基づく組織論の入り口として、こちらのページが基礎になります。 

技術導入・DXはなぜ根づかないのか?

 技術が長期にわたって組織に根づく条件を、社会物質性の視座から考えるページ。インフラの一部としての技術の位置づけを扱います。