海外拠点の現地化は、なぜ難しいのか? 

現地化は、権限を移譲し現地人材を登用するだけでは進まない。現地従業員が組織の主語として立ち上がる、対話と主体化のプロセスが必要である。 

 このページで考えること 

・現地化はなぜ、権限移譲だけでは進まないのか
・現地従業員の「主体化」とは何か
・日本人派遣者と現地従業員の関係は、どう変わっていくのか
・対話型組織開発は、現地化にどう関わるのか
・自社の現地化は、いまどの段階にあるのか

 権限移譲では届かない、現地化のもう一つの層 

 日系企業の海外進出に関する調査では、グローバル展開を担う人材の不足が長年指摘されてきました。多くの企業がその対応として、現地化を進めようとしてきました。

 通常、現地化は二つの軸で語られます。一つは「権限の現地化」、つまり海外子会社が本社の指示を仰がずに意思決定できる範囲を広げること。もう一つは「ヒトの現地化」、つまり経営や管理の役職に現地人材を登用すること。

 これらは確かに重要です。けれども、これらが進んだ後でも、現地化が「実態として動いている」感覚が得られない、という声を多くの企業から聞きます。

 権限は移譲されている。現地人材も登用されている。それでも、現地子会社が現地市場の変化に主体的に応答しているとは感じられない。重要な判断のたびに、現地従業員は本社の意向を伺おうとする。本社からは、現地に「任せている」のに動きが鈍く見える。日本人派遣者は、現地に裁量を与えたいのに、結局は自分が判断する場面が減らない。

 この状況を、現地従業員の「自主性の不足」や、本社の「権限移譲の不徹底」として説明することは可能です。けれども、それでは同じ問題が次の派遣者でも繰り返されます。問題は個人の姿勢ではなく、組織の中で誰が主語になっているか、という構造の問題です。

「主体化」という現地化の捉え方

 私の研究では、現地化を「権限移譲」や「ヒトの現地化」を超えた、もう一つの層で捉えています。それは、現地従業員が組織のなかで「主語」として立ち上がっていく過程、すなわち「主体化」の過程です。

 ここで言う主体化は、個人のやる気や責任感のことではありません。組織の中で発言し、問いを立て、他者との関係のなかで自分たちの役割を引き受け直していく、社会的なプロセスを指しています。

 たとえば、ある現地従業員が会議で意見を言うか言わないかは、その人の性格だけで決まるわけではありません。これまでその場で誰がどう発言してきたか、上司がどう反応してきたか、本社派遣者との関係性がどう作られてきたか。こうした文脈の中で、人は主体として立ち上がるか、立ち上がらないかが決まります。

 権限移譲はこの主体化を促す条件の一つではありますが、それだけでは十分ではありません。権限が与えられても、組織の中で「主語になる」習慣が形成されていなければ、その権限は使われないままに留まります。逆に、権限の所在がまだ曖昧でも、対話と試行錯誤の中で主体化が進めば、現地化の実態は動き出します。

 現地化を主体化のプロセスとして見ると、現地化のマネジメントは、制度設計の問題から、対話と関係性の問題へと変わります。

タイ味の素社:iCHANGEプロジェクトの実際

 この主体化のプロセスを実例で見るために、タイ味の素社が2014年から取り組んできた「iCHANGE」プロジェクトを紹介します。これは、私が現場の参与観察と関係者インタビューを通じて分析してきた事例です。

 iCHANGEは「I can change」という意味であり、組織のメンバー一人ひとりが「自分が変われば、他の人も変わる」という主体性を持つことを目指す対話型組織開発の取り組みです。コーチングを軸に、約3,000名の全従業員を対象として、人事評価制度に「私のiCHANGE」欄を設け運用を開始するなど、複数年にわたる組織変革として展開されました。

背景:権限移譲だけでは届かない手応え 

 タイ味の素社は2000年代から経営の現地化に取り組んできました。権限委譲や現地人材の登用は進められていました。

 しかし、経営陣の目には、個々の従業員が東南アジア市場のリーディング・カンパニーとしてヴィジョンやミッションの実現に向けて活気づいているようには映っていませんでした。一方、一部の現地従業員にとっては、仕事や変革に十分にエンゲージできない不満が、従来の日本人海外派遣者を中心とする経営陣の変革に対する姿勢や、部門間協調を妨げるセクショナリズムの組織風土に向けられていました。

 さらに重要なのは、大多数の現地従業員が変革の必要性を明確に意識していなかったことです。主要ブランドの成功体験によって、会社の成長が鈍化していることに現地従業員が危機感を持てていなかったのです。

 筆者がこのような状況の土台と考えたのは、経営の現地化を進める前の段階から作られてきた組織文化の慣性です。すなわち、「海外派遣者は教師、現地従業員は生徒」の関係に基づいて、海外派遣者が経営をし、その指示命令と指導に現地従業員が従う相互作用が当たり前になってきたという見立てです。

 そこで、タイ味の素社はiCHANGEという対話型組織開発を実施しました。

仕組み:コーチングを通じた対話の連鎖

 iCHANGEの中心にあるのは、コーチングという対話の手法でした。社内のキー・リーダー(KL)たちが、サブ・リーダー(SL)をコーチするチーム・コーチング・システムが導入されました。

 通常、職場での「指示」は、上司から部下への一方向的な伝達です。命令、確認、評価。これは効率的ではありますが、相手が自分の言葉で考え、判断するプロセスを呼び込みません。

 これに対してコーチングは、相手の話を「目を見て聞く」「上司は会議で指示を伝達して終わり、ということがないようにする」など、相手が自分の言葉を発見し、自分の判断を立ち上げる場を作る対話手法です。コーチを務めたある課長は、こう振り返っています。「以前は部下や同僚の話にあまり耳を傾けず、自身の判断で仕事を行うことが多かった。しかし、相手の話に耳を傾けることに気を付けるようになってから、自身の部下がアイディアを出すようになり、他の仕事に対しても積極的に参加するようになった」。

 このコーチングの連鎖が、組織全体に広がっていきました。数値で言えば、部長職以上の従業員が参加する社内会議の延べ時間は、iCHANGE実施前年比で約44%削減されました(年間1,920時間から1,080時間に減少)。また、工場等の品質トラブル・クレームに対処する想定期間は、「営業日30日以内」から「営業日5日以内」へと短縮されました。

 会議が短くなり、対応が早くなった理由について、同社の経営幹部は次のように推測しています。会議で犯人捜しの問題提起や自身が所属する部門を庇う発言をしていた従前と比べ、企業のヴィジョンや顧客目線で問題の解決に協力する場面が増加したからではないか。

成果:「ロール・モデル」という新しい主体性

 iCHANGEを通じて、キー・リーダーたちのあいだで「ロール・モデルになる」という言葉が頻繁に使われるようになりました。

 「ロール・モデル」と言えば、普通、自らの行動規範を象徴する人物のことを指します。しかし、ここでは、自身が「なる(become)」状態としてロール・モデルが捉えられている。つまり、それは行動規範を象徴する役割を引き受け、自らの行動を組織のヴィジョンに合わせて作り変えていくという、新しい主体性のあり方を意味していました。

 ある課長は、こう語っています。「文化っていうのは、日々の活動で、毎日毎日、その活動が繰り返されて文化になるんですけど、その活動が変わらなければ、もちろん文化は変わることはできません。ただ、他人の活動を変えるのは極めて難しいことで、だから、自分から変えなきゃいけない。自分が変われば、他の人も変わるんじゃないかと思います」。

 この発言が示しているのは、現地従業員が組織を変える主語として立ち上がっている姿です。本社からの指示でもなく、日本人派遣者の指導でもなく、自分自身の振る舞いを起点として、組織の文化を作り変えていく。これがiCHANGEを通じて生まれた、現地従業員の新しい主体性でした。

 そして、この主体性は個人レベルにとどまりませんでした。iCHANGEの参加者たちが自主的にコーチングを通じた職場改善サークルを組織化し、iCHANGEのサブ・プロジェクトが社会や国境を越えて発足・実施されています。2018年春には、タイ生活者と社会に向けた「Eat Well, Live Well」「Thai Farmer Better Life」など、ASV(Ajinomoto group creating Shared Value)活動として複数のプロジェクトが立ち上がりました。

現地化の新しい局面:隷属を超えた主体性へ

 タイ味の素社の事例を通じて見えてきたのは、現地化が「権限移譲」や「ヒトの現地化」では届かなかった層を持っているということです。それは、現地従業員が組織のなかで主語として立ち上がるかどうか、という層です。

 興味深いことに、経営の現地化が進んだことが、現地従業員の主体化を妨げる場合があることが、この事例の分析から見えてきました。「海外派遣者は教師、現地従業員は生徒」という関係性のなかで、現地従業員は変革を経営陣の役割とし、その指示を待つことが自身の主体性であると主張するようになっていたのです。これは、フランスの哲学者ミシェル・フーコーが論じた「主体化=隷属化」のメカニズムが、多国籍企業の海外子会社にも現れる例と見ることができます。

 iCHANGEは、この組織文化の慣性を破るための対話型組織開発でした。コーチングによる対話を社内で創発するよう促すことで、社員が自身と組織の関係性を見直し、役割や主体性を再定義する。これにより、「iCHANGEのロール・モデル」という新しい主体が構築されていったのです。

 現地化の今後を考えるとき、権限移譲やヒトの現地化に加えて、もう一つの問いが浮かびます。現地従業員が新たな主体として組織や社会と関係を結び直すとき、彼ら彼女らはどのような対話を必要としているのか。本社と海外子会社の関係は、それに応じてどう変わっていくのか。

 これらの問いに答えるためには、現地化を制度設計の問題から、対話と主体化のマネジメントの問題として考え直す必要があります。

自社の現地化を主体化の観点から見直す

海外子会社の現地化に関わる方が、自社の現地化を「主体化」の観点から見直すための問いを置いておきます。

主語を見る

・経営会議や重要な意思決定の場で、現地従業員はどの程度「主語」になっているか
・本社の方針や日本人派遣者の意向を待つのではなく、現地から問いを立て、提案する場面はあるか

関係性を見る

・日本人派遣者と現地従業員の関係は、「教師と生徒」の関係になっていないか
・対話の場で、双方が対等に問いを立て合う関係は作られているか

対話の場を見る

・現地従業員が自分の言葉で考え、発見し、行動に移すための対話の場(コーチング、ワークショップ等)があるか
・その対話は、研修として行われているか、それとも組織変革として位置づけられているか

知見の循環を見る

・現地で生まれた問いや知見が、本社の意思決定に届く仕組みはあるか
・現地子会社が、本社や他の海外拠点に対して影響を及ぼす立場になっているか

主体化の段階を見る

・現地化は「権限移譲」と「ヒトの現地化」の段階に留まっているか、それとも主体化のフェーズに進んでいるか
・主体化を促すために、いま何に取り組む必要があるか

関連する論文・著作

■ 主要論文
筈井俊輔「組織開発としての現地化プロセス ── タイ味の素社における『iCHANGE』の事例分析」:タイ味の素社のiCHANGEプロジェクトを、対話型組織開発と主体化の観点から分析した論文。「ロール・モデルとしての主体性」という新しい現地化の局面を提示しています。

■ 単著(本テーマと関連する理論的基礎)
筈井俊輔(2021)『なぜ特異な仕事は生まれるのか?──批判的実在論からのアプローチ』京都大学学術出版会:第21回日本社会学会奨励賞(著書の部)受賞作。本書で展開される対話型組織開発と「組織介入のエコロジカル・アプローチ」が、本テーマの理論的基礎の一つとなっています。

■ 参照される主要研究
Bushe, G. R., & Marshak, R. J. (2015). Dialogic organization development: The theory and practice of transformational change. Berrett-Koehler Publishers. (中村和彦訳『対話型組織開発:その理論的系譜と実践』英治出版, 2018年)
Foucault, M. (1986). The history of sexuality, Vol. 3: The care of the self. Pantheon Books.
Birkinshaw, J. (2000). Entrepreneurship in the global firm: Enterprise and renewal. Sage Publications.
Hong, J. F. L., Snell, R. S., & Mak, C. (2016). Knowledge assimilation at foreign subsidiaries of Japanese MNCs through political sensegiving and sensemaking. Organization Studies, 37(9), 1297-1321.

次に読む

海外拠点の現地化と関連する研究テーマを、二つ紹介します。

仕事はいかに立ち上がるのか?

「現地で仕事が立ち上がる」とはどういうことか。本ページの基礎にある「対話型組織開発」と「組織介入のエコロジカル・アプローチ」の理論的背景を扱うページ。

学習・リスキリングはいかに定着するのか?

主体化の前段としての学習設計を考えるページ。SRACEモデルによる人材育成・リスキリングの枠組みを扱います。グローバル人材育成の文脈にも応用可能です。