技術導入・DXはなぜ根づかないのか?
技術が「ある」ことと、それが仕事のなかで「使われる」ことのあいだには、役割・空間・判断・関係性の再編がある。
このページで考えること
・なぜITツールは使われないまま終わるのか
・技術導入は、どのように仕事を変えるのか
・DXを「仕事の再編」として見るとはどういうことか
・社会物質性の視座は、技術導入をどう説明するのか
・自分の現場のDXは、いま何が起きているのか
よくある失敗の景色
DXや技術導入で頻繁に観察される状況を、いくつか並べてみます。読み手の現場でも、いずれかに思い当たるかもしれません。
- 並行運用が終わらない
- 使ってはいるが、業務が軽くなっていない
- 部署によって定着度が違う
- 担当者交代でリセットされる
- ツール間の連携が現場の手作業で埋められている
これらの状況は、しばしば「現場のITリテラシー不足」や「変革への抵抗」として説明されます。けれども、こうした説明は、同じ組織でも別のツールではすんなり定着しているという観察と整合しません。 問題は人の能力や姿勢ではなく、技術と仕事のあいだに起きている「何か」です。その「何か」を説明する手がかりとして、組織論にはいくつかの蓄積があります。
技術が「ある」ことと「使われる」ことの距離
技術導入の議論で見落とされやすいのは、技術そのものと、技術を用いた実践とは別物だ、という当たり前の事実です。
新しいシステムが導入された瞬間、それは組織の中で意味を持っているわけではありません。誰が使うのか。どの場面で使うのか。それによって誰の仕事が増え、誰の判断が変わり、誰と誰の関係が組み替わるのか。これらの関係の中に位置を得て初めて、技術は「仕事の一部」になります。
つまり、技術が導入された地点と、技術が現場で使われている地点のあいだには、距離があります。この距離は、研修の量や説明会の回数では埋まりません。埋めるためには、技術の周りで何が起きるのかを設計する必要があります。役割の組み替え、空間の使い方、判断の順序、関係性の再構築。これらが伴わない技術導入は、ツールが「ある」状態のまま停滞します。
社会物質性 : 技術を「条件」として捉える
技術と仕事の関係を考えるための一つの理論的視座が、社会物質性(sociomateriality)です。
社会物質性の視座では、技術を中立的な道具としてではなく、人びとの行為や意味づけを「可能にしたり、制約したりするもの」として捉えます。机や椅子、コピー機、Web会議システム、業務アプリケーション。これらは単なる背景や道具ではなく、その場で何ができるか、何が難しいかを方向づけている要素です。
たとえば、コピー機とウォーター・クーラーを共有空間に置くだけで、職場の非公式なコミュニケーションが活性化することが報告されています。技術の物理的・機能的な配置が、人びとのやりとりや関係性を形作っている例です。
DXや技術導入を考えるとき、社会物質性の視座は次のことを示唆します。新しい技術の導入は、組織の会話、役割、時間感覚、空間の使い方、判断の順序を、知らず知らずのうちに組み替えます。技術はそれ自体で意味を持つのではなく、組織の社会的・物質的な構造の中に位置づけられて初めて、特定の働きを発揮します。
同じ技術が、別々の現場で別々の仕事を生む
社会物質性の視座を裏付ける研究の一つに、組織論者ステファン・バーレーによる病院の放射線科の調査があります。
1980年代、二つの病院の放射線科に、同型のCTスキャナーが同時期に導入されました。導入直後、両方の病院で似たような変化が起きました。それまで分業されていた医師(放射線科医)と技師(放射線技師)のあいだで、機器の使い方や仕事のやり方をめぐる意見交換が増えたのです。新しい技術は、明らかに既存のコミュニケーションのパターンを揺さぶりました。
しかし、その後の経過は二つの病院で大きく分かれました。
郊外型病院では、医師が技師に裁量を任せる場面が増え、技師の役割が拡張していきました。CTスキャナーの調整は徐々に技師の裁量で行えるようになりました。
都市型病院では逆に、技師が医師に判断を仰ぐ場面が増え、医師主導の関係が再構築されました。意見交換は早い段階で減少し、医師が指示し技師が実行するという従来の役割分担が、より固定化していったのです。
同じ技術、同じ業界、ほぼ同じ時期。それでも結果が分かれたのは、二つの病院の元々の権力構造が違ったからです。郊外型病院では分散的な権力構造があり、都市型病院では中央集権的な構造がありました。CTスキャナーという技術は、その既存の構造の上で、別々の方向に仕事を再編していきました。
この事例が示すのは、技術それ自体は仕事を決めない、ということです。技術と組織構造の組み合わせが、仕事を決めるのです。
ICTを介した分散協働:サテライトオフィスの事例
私自身の研究でも、技術と仕事の関係を分散協働の現場から考えてきました。
和歌山県白浜町のリゾート型サテライトオフィスでは、Web会議システムやリモートデスクトップを介して、本社と地理的に離れた場所で営業支援業務を行うスタッフが配置されました。技術的には、本社支社間で同じ業務ができる環境が整えられていました。
しかし、実際に現場で起きたのは、単に「本社と同じ業務をリモートで行う」ことではありませんでした。スタッフは「私たちの仕事は何なのか」と自問しながら、Web会議の画面に映る自分たちの背景にリゾートの景観を取り込み、商談の相手に観光地の話題を振り、地域大使のように振る舞う商談デモンストレーションのスタイルを作り上げていきました。
これは、技術の機能から自動的に出てきた業務ではありません。Web会議システムというICT、リゾートという場所、本社から離れたスタッフという立場、これらが交差する地点で、新しい実践が立ち上がっていったのです。
技術導入は、しばしば「仕事を支える」ものとして語られます。けれども、サテライトオフィスの事例が示しているのは、技術導入は「仕事そのものを問い直すきっかけ」にもなり得るということです。新しい技術が入ると、それまで自明だった仕事の輪郭が揺らぎ、現場の人びとは「自分たちの仕事は何か」を問い直すことになります。その問い直しを、組織がどう支えるかが、技術が根づくかどうかの分岐点になります。
DXを「仕事の再編」として見る
ここまでの議論を踏まえると、DXや技術導入を考える際の問いは、次のように変わります。
- 「どのツールを導入するか」ではなく、「その技術は誰の仕事をどう変えるのか」。
- 「使われない原因は何か」ではなく、「この技術と、この組織構造の組み合わせから、どんな仕事が立ち上がる可能性があるのか」。
- 「人の抵抗をどう乗り越えるか」ではなく、「いま起きている使われ方は、組織の構造のどこと整合し、どこと不整合なのか」。
技術導入を仕事の再編として見るというのは、技術と仕事のあいだに起きている関係の組み替えに、設計者として関与するということです。技術を入れて様子を見るのではなく、技術が入った後に何の関係が組み替わる必要があるのかを、事前に想定し、事後に観察する。これがDXの実務に組織論的視座を持ち込むということです。
DX担当者のための4つの問い
現場で使える形で、技術導入を点検する問いを置いておきます。
- 技術の周りで誰の役割が変わるか?
- 既存の構造との整合性はあるか?
- 使われない場合の「使われなさ」を読み解けるか?
- 技術導入後の「新しい仕事」を想定しているか?
- 技術によって自動化される仕事だけでなく、技術によって新たに発生する仕事(設定、調整、例外対応、説明)を、誰が担うか決まっているか?
関連する論文・研究
■ 関連論文
筈井俊輔(2020)「サテライトオフィスにおける情報通信技術を用いた業務実践の創発:批判的実在論の観点から」『日本情報経営学会誌』Vol.39, No.4:ICTを介した分散協働の事例から、技術と仕事の関係を批判的実在論の観点で分析した論文。Leonardiのインプリケーション・モデルを批判的実在論に基づいて拡張する試み。
筈井俊輔(2021)「組織ルーティン研究における社会物質性の視座」組織ルーティン研究の系譜から、社会物質性の視座が組織分析にもたらす意義を整理した論考。
■ 単著(本テーマと密接に関連)
筈井俊輔(2021)『なぜ特異な仕事は生まれるのか?──批判的実在論からのアプローチ』京都大学学術出版会:第21回日本社会学会奨励賞(著書の部)受賞作。技術と仕事の関係を、より広い「仕事の創発メカニズム」の中に位置づけて論じています。
■ 参照される主要研究
Barley, S. R. (1986). Technology as an occasion for structuring: Evidence from observations of CT scanners and the social order of radiology departments. Administrative Science Quarterly, 31(1), 78-108.
Orlikowski, W. J., & Scott, S. V. (2008). Sociomateriality: Challenging the separation of technology, work and organization. The Academy of Management Annals, 2(1), 433-474.
Leonardi, P. M. (2011). When flexible routines meet flexible technologies: Affordance, constraint, and the imbrication of human and material agencies. MIS Quarterly, 35(1), 147-167.
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技術導入・DXに関連する研究テーマを、二つ紹介します。
学習・リスキリングはいかに定着するのか?
DX推進と人材育成は切り離せません。技術導入の成否を、学習・業務設計・組織文化の観点から考えるページ。SRACEモデルを実務向けに紹介しています。