【組織論の最前線 :月間マイベスト論文3本】

協働が崩れるとき、何を立て直すか?

 このコラムでは、私がこの1か月に読んだ組織論の最新論文から、印象に残った3本を紹介します。選ぶ際は、「理論面での新しさ」と「現場の判断や設計に結びつくか」を重視しました。Xポストでは要点を短くまとめましたが、ここでは問いの立て方、議論の筋道、使いどころを丁寧に整理したいと思います。

各論文については、(1)何を問うたのか、(2)何が新しいのか、(3)実務の現場で試せるアイデア、(4)論文の射程と注意点を順に解説します。今月の3本を並べると、協働を支える土台を、思考・関係・場の三つの側面から捉え直す視点が組み立てられるのではと考えています。

【現場で使える3行まとめ】

①「パラドックス思考(矛盾を抱えたまま前に進むための考え方)」は、知識の注入より、学び方を設計することで育つ。

②不確実性が高まる局面では、信頼は自然に保たれない。不安の言語化、期待の調整、小さな約束の確認という段階を踏む必要がある。
③分断が深まるほど、正しさの議論だけでは協働は成立しない。人が一緒に動ける場と手続きを先に整えることが重要。

第3位:Meyer (2025) 'Wicked Crises and the (In)capacity to Act'

(問い)

 「厄介な危機(wicked crises)」とは、原因や利害が絡み合い、正解が何か定めにくい危機のことです。たとえば、感染症、災害、地政学リスク、技術規制など、関係者の価値観も衝突しやすい問題がその典型です。Meyer (2025)は、こうした局面で、情報も人材もあるはずの組織が、なぜ「決められない」「動けない」状態に落ち込むのかについて考察しています。

(新しさ)
 論文は、麻痺の原因を「知識不足」や「意思決定の弱さ」だけに求めません。ハンナ・アーレントの権力概念を手がかりに、組織が動く力は、「人びとが共に行為すること」から生まれると捉えます。

 本論文が描くのは、分断が協働を引き裂く二つの経路です。第一に組織内部の分断。第二に社会側の分断。内と外の分断が重なると、誰と何を合意し、どこまで動いてよいかが曖昧になり、動くこと自体がリスクになるといいます。結果として、議論は増えるのに行為が減る、という逆転が生じるのです。

(現場で試せるアイデア)
 この見立てから得られるアイデアは、結論の一致を先に取りに行くよりも、まず「協働が成立する枠」を先に組むことです。たとえば、危機対応の場を設け、役割、判断基準、情報の持ち寄り方などを明確にします。会議を「意見の勝負」にせず、「共同作業の工程」にするのです。

(射程・注意点)
 本論文の強みは、やはりASQ掲載論文らしい、概念の整理と理論構築にあります。その反面、すぐに現場で使えるタイプの研究ではありません。現場では利害や権力差も絡むからです。「雰囲気づくり」で議論を終わらせるのではなく、ルールや関係の設計まで含めて場を組み立てる必要があります。 

 

第2位:Kelly et al. (2025) 'Plain Sailing or Choppy Water? Maintaining Interpersonal Trusting Relationships in Times of Uncertainty'

 (問い)

 従来の信頼研究では、「どう生まれるか(形成)」と「壊れた後にどう戻すか(修復)」に焦点を当ててきました。本論文が扱うのは、その中間です。壊れたわけではないものの、関係が揺らぐような状態です。Kelly et al. (2025)は、この状態を「関係への脅威(relational threat)」として捉え、こうした揺らぎの局面で、管理者と部下はどのように信頼を保つのかを問いました。

(新しさ)

 著者たちが示すのは、関係への脅威が生じたとき、信頼維持は「成り行き」ではなく、段階を踏んで進むというプロセスです。プロセスは大きく三つ。①「評価(assessment)」、② 「能動的な維持(active maintenance)」 、③ 「結果(outcome)」です。
 

 

①「評価(assessment)」 

ここでは当事者が、出来事を頭で整理し、感情として受け止め直します。重要なのは、脅威の原因をどこに置くかです。相手の行動に原因があると感じるのか(内的な原因)、外部環境や制度変更などが引き起こしたものだと捉えるのか(外的な原因)。この解釈が、次の動き方を左右します。

②「能動的な維持(active maintenance)」
ここからは二者が協働して、信頼の土台を組み直します。著者たちは三つの方策を整理しています。 

  • 「共有された理解をつくる」:脅威について率直に話し、相手の見え方を取り込み、二人の解釈をそろえる。感情や不安を隠さず出すことも含まれます。
  • 「認知的・構造的な再保証」:捉え方を言い換えて学びとして位置づける、進め方や手続きを更新する、働き方のルールを交渉し直す。
  • 「二者で問題解決する」:打ち手を一緒に考え、必要なら第三者の助言や支援も取り込む。


③「結果(outcome)」
維持のプロセスの帰結は二通りで、関係が「保たれる」場合と、「むしろ強まる」場合があるといいます。特に、脅威が外部に由来すると捉えられたケースでは、連帯感が生まれ、信頼が強まる方向に進みやすいことが示されました。 


( 現場で試せるアイデア )
  このモデルを職場に当てはめると、三つの動きの重要性が分かります。
 〈1〉不安や違和感を言葉にする(共有理解の入口)
 〈2〉期待のズレを調整する(役割、判断基準などをそろえる)。
 〈3〉小さな約束を置き、確かめる(再保証)
 沈黙のまま放置すると関係は痩せていきます。いつ再開するかを決め、対話を再開することが肝心です。 

(射程・注意点)
 本論文で扱われているのは、もともと信頼があった関係が揺らぐ局面であることに注意が必要です。深刻な裏切りや不正が起きた後の「修復」とは条件が異なります。それでも、信頼を気持ちではなく「手入れのプロセス」として扱えるようになる点に、この論文の強みがあります。 

 

第1位:Pinelli et al. (2025) 'Developing the Entrepreneurial Paradox Mindset: The Role of Startup Accelerators and Educational Programs' 

(問い)
起業家の意思決定は、矛盾する要求の連続です。「速さ」⇔「品質」、「大胆さ」⇔「慎重さ」、「顧客の声」⇔「自分の仮説」など。こうした緊張状態で有効なのが、トレードオフの発想ではなく、矛盾を抱えたまま前に進む発想です。Pinelli et al. (2025)は、この「パラドックス思考(paradox mindset)」が生得的な才能に限られるのか、それとも育成できるのかを問いました。さらに、起業家支援の代表格であるアクセラレータ(Y Combinator)は、どのような設計でそれを後押しするのかを扱っています。

(新しさ)
パラドックス思考は、矛盾を消す技術ではありません。矛盾を見て、折り合いの付け方を更新していく姿勢です。論文が示す要点は二つ。①矛盾を「問題」ではなく「構造」として捉え直すことがパラドックス思考。 特に、成長局面では避けられない構造的条件だと位置づけると、判断が止まりにくくなるといいます。また、②それを身につけるには講義だけでは定着しない。 Y Combinatorでは、メンターや先行事例、仲間の進捗共有といった「代理経験」を通じて、矛盾への対処の型が共有されていました。ここで重要なのは、万能の解答を授けることではなく、矛盾に直面したときに対処策を組み立てるための思考の道具立てを増やすことです。


(現場で試せるアイデア)
 この知見は、起業支援に限らず、人材育成やリーダー育成にも応用できます。たとえば、レクチャー中心の研修より、矛盾が表に出る課題を小さく提示→現場で取り組むことを短期間で回すなどが考えられます。また、「いま抱えている矛盾は何か」「片方を立てると何が損なわれるか」など、パラドックス的な問いについて、上司と部下や、チーム内で振り返る機会を設けると、矛盾を避けるのではなく「扱う」習慣が育ちます。

(射程・注意点)
本論文の分析対象は、世界トップのアクセラレータという強い時間的制約と学習支援がある環境です。通常の職場に当てはめるときは、権限や評価、失敗許容度が異なる点にも留意が必要です。さらに、パラドックス思考は「何でも両立できる」という万能感とは別物だということを忘れてはいけません。矛盾を見えなくするのではなく、矛盾を言葉にして、試行と検証で扱う姿勢こそが重要なのです。



【統合:協働の3層構造】


 3本をまとめて読むと、協働は単一の能力や制度では支えきれないことが見えてきます。協働は「思考」「関係」「場」という三つの層の上に成り立ち、それぞれが弱ると別の層にも影響が及ぶという仮説です。逆に、どこかを修復すると、他の層もが期待できる。

第一の層は「思考」です。ここで問われるのは、矛盾や緊張を見たときに、状況を保ったまま対処策を組み立てる力です。そもそも、パラドックス思考に関する議論では、協働の出発点が「正解を持つ人」ではなく、「矛盾を扱える人」にあることが示されてきました。難題の前で判断が止まるとき必要なのは、知識よりも、柔軟なマインドセットです。

第二の層は「関係」です。協働は、お互いを信じられることを前提に進みます。しかし、不確実性が高い局面では、その前提が揺らぎます。そこで重要なのが、相手に対する感情やそのときの気分ではなく、信頼は手順を通じて再生産されるという見方です。不安を言語化し、期待のズレを調整し、小さな約束で確認するといった具体的な行動が、より強固な関係基盤につながります。

第三の層は「場」です。分断が進む局面では、たとえ、人が柔軟な思考を持ち、関係性を整えても、利害の相反などが原因となって動けないことがあります。それは、協働の場が成立していないからです。誰が決め、どこまで動き、異論をどこで扱うのか。これらの手続きが曖昧なままだと、議論は増えても前進するための行為が増えません。協働の場は、参加者の善意や熱量だけでなく、役割とルールで支えられる必要があります。

理想的なサイクルは、場が整い、対話が生じることで、関係が整い、矛盾を扱う思考も育つというもの。もし協働が必要な場面で問題が生じた場合は、いずれかの層がボトルネックになっていると想定すれば良いかもしれません。たとえば、議論が「正しさ」の競争になり、決められない状況に陥ったのなら「場」を点検する。職場がぎくしゃくし、仕事がやりにくくなったら「関係」を点検する。意思決定が迷路に入り、問題の前で止まるなら「思考」を点検します。三層のどこから入るかを誤らなければ、協働は立て直せます。


参考文献

Meyer, R. E. (2025). Wicked crises and the (in)capacity to act. Administrative Science Quarterly, 70(4), 867–883. https://doi.org/10.1177/00018392251363998

Kelly, S., van der Werff, L., & Freeney, Y. (2025). Plain sailing or choppy water? Maintaining interpersonal trusting relationships in times of uncertainty. Journal of Management. Advance online publication. https://doi.org/10.1177/01492063241311234
Pinelli, M., Pistilli, L., & Cozzolino, A. (2025). Developing the entrepreneurial paradox mindset: The role of startup accelerators and educational programs. Entrepreneurship Theory and Practice, 49(6), 1633–1668. https://doi.org/10.1177/10422587251347056