組織論の最前線 1 :
マインドフルネスが組織を変える
近年、多くのビジネスパーソンに知られるようになった「マインドフルネス」。ストレス軽減や集中力の向上といった個人のメンタルヘルス面での効果が注目されていますが、今、このマインドフルネスを組織全体の改革に活かす研究が、組織論の最前線で進んでいます。
2024年に経営学のトップジャーナル『Academy of Management Journal』に掲載されたTownらの研究は、仏教哲学に由来するマインドフルネスを組織論に取り込み、「人間的な組織化(Humanistic Organizing)」という新しい理論を提案しました。これは利益追求型の組織運営から脱却し、人間性や倫理性を組織全体に浸透させることを目的としています。
なぜ今、マインドフルネスが組織に求められるのか
現在、多くの組織が、社会・経済・環境といった複数の危機が絡み合う「ポリクライシス」に直面しています。これに対して、従来型の利益優先の経営モデルでは、従業員のバーンアウトやストレスが深刻化しており、組織の持続可能性が疑問視されています。そこでTownらは、マインドフルネスを基盤とする新たな組織モデルを考察しました。
具体的には、「無常」「自己中心性の排除」「相互依存性」という仏教哲学の原理を組織運営の理論に取り入れ、組織のコミュニケーション・プロセスに埋め込むことで、組織全体を変容させることを目指すモデルを考案したのです。
組織変革の3つの実践プロセス
Townらの理論では、組織変革を進めるための具体的なプロセスとして、「知恵のテキスト化」「意識的な引用」「倫理的な実践」の3つを挙げています。
「知恵のテキスト化」は、組織の価値観や理念を明確な言葉で表し、組織内外で広く共有するプロセスです。これにより、従業員が共通の理解を持つことができます。「意識的な引用」とは、明文化された価値観を日々の会話や意思決定に積極的に取り入れ、従業員一人ひとりが自発的に人間性を尊重した行動を取るよう促すことです。そして「倫理的な実践」は、業務プロセスや制度設計にまで倫理的価値観を反映させ、組織の構造自体をより人間的で持続可能なものに変えていくことを意味します。
Barry-Wehmiller社の組織変革の事例
Townらは、この理論に基づいて米国の大手製造技術提供企業・Barry-Wehmiller社を分析しています。同社は1975年にCEOに就任したボブ・チャップマンのリーダーシップのもと、利益中心主義から従業員の人間性と尊厳を重視する経営へと大きく舵を切りました。
同社では、例えば、「従業員数(headcount)」を「心の数(heartcount)」に、「統制範囲(span of control)」を「ケアの範囲(span of care)」に変更するなど、日常のコミュニケーションや業務プロセスに人間尊重の哲学を浸透させました。特に2008年の金融危機の際、経営陣が自ら率先して無給休暇を取ることで従業員の雇用を守ったことは、組織内の信頼と結束を強化し、その後の業績向上にも寄与しました。
これからの組織論の在り方
Townらの研究が示唆することは、マインドフルネスを組織の根本的な哲学と日常的な実践に取り込むことで、従業員が自発的に組織文化を支える担い手になり得るということです。これからの組織論では、「人間的な組織化(Humanistic Organizing)」が重要なテーマとなり、人間の尊厳や連帯感を核とした組織モデルが求められていくでしょう。
今後のビジネスでは、単に利益を追求するだけではなく、人間を中心とした組織運営が鍵となるかもしれません。この研究はその具体的な方法論を示しており、これからの組織変革を考える上での示唆を与えています。
参考文献
Town, S., Reina, C. S., Brummans, B. H. J. M., & Pirson, M. (2024). Humanistic Organizing: The Transformative Force of Mindful Organizational Communication. Academy of Management Journal, 49, 824–847, https://doi.org/10.5465/amr.2021.0433