組織ルーチンの新潮流②:
戦略と現場をつなぐ隠れた主役
経営トップがいくら優れた戦略を描いても、現場の業務が変わらなければ、結局、「絵に描いた餅」に終わってしまいます。組織の中で繰り返される日常業務、すなわち、組織ルーチンこそが、戦略を実現する隠れた主役なのです。
本コラムでは、組織ルーチンを戦略実行の原動力や、競争優位の源泉として捉え直します。戦略と現場をつなぐ媒介としての組織ルーチンに光を当て、その理論的背景と実践的意義を考えてみます。
戦略実行の原動力としての組織ルーチン
組織ルーチンとは、組織内で繰り返し行われる定型的な活動パターンのことです。これは日々の業務にとどまらず、企業の能力や競争力を支える土台となります。例えば、一つ一つのルーチン(販売プロセスや品質チェックの手順など)が積み重なって、組織全体の価値創造能力を形作り、その能力が競争優位につながるのです。
2000年代以降、盛んに議論されてきたダイナミック・ケイパビリティ論では、特にルーチンの重要性が強調されています。
ダイナミック・ケイパビリティとは、「環境変化に応じて企業が自社の経営資源を再構成する能力」(Teece et al., 1997)のことです。また、主要論文の一つであるEisenhardt & Martin (2000)では、ダイナミック・ケイパビリティは「企業が新たなリソースの構成を実現するための組織的かつ戦略的なルーチン」である、と定義されています。言い換えれば、日々の反復的な活動こそが、新製品開発や環境適応といった戦略的変化を生み出す原動力だということです。
このように組織ルーチンは、戦略を実行に移すための基盤として機能し、経営トップが描いた戦略を現実のものにする力を秘めています。
「組織ルーチン」は組織論の中核
組織が価値を創造する能力や、組織のダイナミック・ケイパビリティの背後には、無数の組織ルーチンの存在があります。
組織論の古典的研究でもあるNelson & Winter (1982)の進化論的組織論では、組織ルーチンは組織の記憶や遺伝子のようなものだと捉えられてきました。すなわち、組織ルーチンが企業行動の安定性をもたらし、その一方で、環境への適応にも寄与すると考えられたのです。
また、上に挙げたダイナミック・ケイパビリティ論においては、変化する能力そのものが高度なルーチンの集合体とみなされ、日常の業務を変容させるメタ・ルーチンのような存在として注目されました。例えば、新製品開発のプロセスや経営方針を転換する際の意思決定の手順といったルーチンが、他のリソースを統合・再構成する役割を担い、結果的に企業は変化する市場に対応できると考えられました。
したがって、戦略の実行で求められる能力(市場適応力やイノベーションを起こす力など)の多くは、現場の組織ルーチンというミクロな要素に支えられていると言えます。このような、戦略の実行を支える基盤として組織ルーチンを捉える視点は、戦略と組織の関係を論じる組織論で常に中核をなしてきたのです。
組織的イノベーションを生む組織ルーチン
組織ルーチン研究は、近年、注目されている「Strategy-as-Practice(実践としての戦略)」の視点とも共鳴します。戦略を絵にかいた計画ではなく、人々の活動そのものとして捉えるこのアプローチでは、日々の会議やコミュニケーション、意思決定といったミクロな活動が戦略を形作ると考えます。ある研究では、戦略を組織に浸透させ実現する手立てとして、「ルーチン化(routinization)」を重要視しています(Merkus et al., 2019)。戦略が現場で繰り返し実践されて初めて、組織は戦略に沿った形へと変容していくのです。
また、本連載の第1回でも取り上げた、組織ルーチン研究の近年の潮流として、ルーチンの変化を通じた組織的イノベーションへの注目があります。従来、ルーチンは硬直的で変化に抵抗するものと見られがちでした。しかし、Feldman & Pentland (2003)といった研究によれば、組織ルーチンは内在的にダイナミックな存在であり、組織に安定性をもたらすと同時に変化への原動力にもなりうることが分かっています。
すなわち、ルーチンは必ずしも同じことの繰り返しではなく、その運用次第で組織に柔軟性と適応力を与えるのです。例えば、現場で小さなルール変更や改善を積み重ねることで、新しい製品やサービスの創出、業務プロセスの革新といった組織的イノベーションが生まれることもあります。要するに、革新は劇的な発明だけでなく、現場発の業務変化という地道な取り組みからも芽生えるのです。
戦略を日常業務に埋め込む
以上の議論から、次のような実務的な示唆が得られます。つまり、マネジャーは、戦略と現場をつなぐために、戦略的な優先事項を組織ルーチンに埋め込む必要があるということです。
例えば、デュポン社では、安全第一の方針を徹底してルーチン化しました。工場での作業前の点検や報告手続きに至るまで、安全確認の習慣が定着し、日常の当たり前にしたのです。結果として、従業員は、細かな安全確認をルーチンとして自動化できるため、認知的リソースを他の重要業務(生産性向上や品質改善など)に振り向けることが可能になりました。
例えば、戦略的に重要な価値観や目標を、以下のように日常の習慣に落とし込むことで、戦略と現場行動の一貫性が生まれます。
- 「安全」:毎日の朝礼に安全チェックを組み込み、作業前の安全確認をルーチン化する
- 「品質」:品質管理項目をチェックリスト化し、工程ごとに確認するプロセスを習慣化する
- 「顧客志向」:現場チームがお客様の声を共有・改善するミーティングを定期的に開催する
このように戦略的に重要な価値観や目標を組織ルーチンに組み込めば、従業員の行動が企業の方向性と調和し、戦略が「現場で生きる」ようになります。その結果、模倣されにくい企業文化や能力が醸成されて持続的な競争優位につながるのです。
おわりに
組織ルーチンは、日常的な業務で当たり前のように思えますが、実は、戦略と現場を結びつける要のような存在なのです。このように理解することで、企業は戦略を「絵に描いた餅」に終わらせずに、実行するヒントが得られます。理論的には、組織ルーチンに注目することで戦略形成や実行のプロセスを深く考察できますし、また実務的にも、現場の日常業務を変えることを通じて組織的イノベーションを生むことができます。
ぜひ読者の皆さんも、自社の価値観や目標は、現場のルーチンにどう埋め込めるかという視点で業務を見直してみてください。日々繰り返される業務の中に、戦略を成功させる隠れた主役が潜んでいるかもしれません。
参考文献
Eisenhardt, K. M., & Martin, J. A. (2000). Dynamic Capabilities: What Are They?. Strategic Management Journal, 21(10/11), 1105–1121.
Feldman, M. S., & Pentland, B. T. (2003). Reconceptualizing organizational routines as a source of flexibility and change. Administrative Science Quarterly, 48(1), 94–118.
Merkus, S., Willems, T., & Veenswijk, M. (2019). Strategy implementation as performative practice: Reshaping organization into alignment with strategy. Organization Management Journal, 16(3), Article 2.
Nelson, R. R., & Winter, S. G. (1982). An evolutionary theory of economic change. Harvard University Press.
Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). Dynamic capabilities and strategic management. Strategic Management Journal, 18(7), 509–533.