組織ルーチンの新潮流①:

中小企業DXが直面する「使われないITツール」問題

 

 中小企業でデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しようと、ナレッジ共有システムを導入したものの、現場従業員がほとんど使わない。こうしたエピソードに心当たりはないでしょうか。例えば、社内の情報共有ツールを整備しても、忙しい現場では相変わらず属人的な口伝えに頼り、システムは「誰も開かない墓場」と化すケースなどがあります。
 
 このような「IT不良資産」はなぜ生まれるのでしょうか。それは、組織に染み付いた日々の「組織ルーチン」(習慣化した仕事のやり方)によるものかもしれません。
 
 IT不良資産化の背景を理解するために、本コラムでは、組織ルーチン研究の知見に基づいて、組織ルーチンがDXにおいて果たす二面性に焦点を当てたいと思います。その二面性とは、すなわち、組織ルーチンが「抵抗を生む源」にも、「変革を支援する装置」にもなり得るという性質です。併せて、現場の抵抗を味方に変えるための示唆も提案したいと思います。

IT不良資産化の背景


 なぜ現場は新しいITシステムに抵抗するのでしょうか。

  その背景には「現場の知識やノウハウの結晶」とも言える組織ルーチンの存在があります。お分かりの通り、職場では日々の業務を効率的に仕事をこなすため、従業員は自分たちなりのノウハウや手順を蓄積します。組織論の古典によれば、組織は過去の経験から得た知見をルーチンとして記憶し、行動の指針にするとされています(Cyert & March, 1963; Levitt & March, 1988)。つまり、「この業務はこのやり方でうまくいく」という暗黙知がルーチン化し、わざわざ新しいツールを使わずとも、より慣れ親しんだ方法が優先されるのです。

 ちなみに、担当者が入れ替わっても組織ルーチンは残り続けます。組織ルーチンは一種の「組織の記憶」になるため、外部から新たなITを投入してもすぐには行動変容が起きにくいのです。

 また、組織ルーチンには、良い機能と悪い機能があります。Cohen & Bacdayan (1994)の研究によれば、組織ルーチンは組織に、業務遂行の持続性と迅速さをもたらすことが明らかになっています。すなわち、ルーチンがあるおかげで、個人技に頼らず効率的に仕事を回せます。しかし同時に、組織ルーチンを回すことを学んだ人々は、環境やツールが変わっても習慣的な行動を繰り返してしまうために、時として不適切で非効率なことをするリスクも孕んでいるのです。

 折角、新たに導入したITシステムを使わずに旧来の方法に固執してしまうのは、組織ルーチンが、裏返せば行為の「慣性」になっているからだとも言えるでしょう。これは社会学者のマックス・ヴェーバーが指摘した、規則の安定性は組織に規律と効率を与える一方で、停滞ももたらすというパラドックスとも共鳴します。中小企業のDX推進においても、現場を支えてきたルーチンの持続性そのものが、変革への抵抗力になってしまうのです。

 

組織ルーチンは抵抗か支援か


 では、組織ルーチンはDXの敵なのでしょうか。実はそうとは限りません。近年の研究では、組織ルーチンのダイナミックな側面も注目されています。Feldman & Pentland (2003)は、組織ルーチンには「オステンシブ(直示的な側面)」と「パフォーマティブ(遂行的な側面)」という二つの側面があり、現場で行われる実際の業務(パフォーマティブ)は、業務の様式(オステンシブ)を維持しつつも微調整、変更されてゆくと論じました。すなわち、ルーチンは単なる固定的な手順ではなく、実行のたびに変異や特異性が積み重なり進化しうるものなのです。

 Feldman (2000)の調査研究では、人々が日常の業務を少しずつ改善することで、組織はやがて大きな変化を生み出せることが示されています。このような組織ルーチンの両面性を、Feldman & Pentland (2003)は、「慣性の原因であると同時に、柔軟性と変化の源泉にもなり得る」と述べ、従来の固定観念を覆しました。DXに話を戻せば、現場の組織ルーチンは、DX推進の足かせであると同時に変革の原動力ともなり得るのです。

 この二面性を深堀りするために、少し専門的になりますが、他の研究者の主張も見てみましょう。D’Adderio (2008)は、業務の正式な手続きや規則(例えば、新システムに組み込まれた業務プロセス)と、現場での実際の業務実践(パフォーマンス)の相互適応のプロセスを考察しています。彼女によれば、新しいITツール導入時には、まずは経営側が業務プロセスを「フレーミング(枠組み化)」しますが、現場では想定外の使われ方や抵抗が起こり(オーバーフロー)、そのフィードバックを受けて再度プロセスを調整する(リフレーミング)という試行錯誤のサイクルが必要になります。

 このことから、組織ルーチンはトップダウンで変えられるものでなく、現場との対話的な調整によって進化するといえます。したがって、新しいナレッジ共有システムが、IT不良資産化したとしても、それは導入の取り組みがトップダウンの一度きりで終わったからと考えられるかもしれません。つまり、D’Adderioによると、現場の実践と公式ルールのギャップを埋めるような反復的調整こそがDX成功の鍵だと言えるのです。

 余談になりますが、海外の経営組織研究では、組織ルーチンは中核的なトピックの一つであり、他にも興味深い研究がたくさんあるので、本連載でも順次紹介していきたいと思います。

現場ルーチンを味方につけるDX推進の実務ポイント


 このような理論的知見から、現場の抵抗を和らげDXを成功させるための実務上のポイントを整理したいと思います。それは、組織ルーチンの二面性を踏まえて、「抵抗を生む源」を「変革を支援の装置」へと反転させるアプローチです。


  • 現場で行われている既存の組織ルーチンを把握する


 まず、導入したいITツールが現場のどの業務(それに関連するコミュニケーションや手続きなども)に影響を与えるのかを洗い出します。といっても、Michael D. Cohenが言うように、ルーチンは観察したり、分析したりすることが難しく捉えにくいものです。そのため、現場へのヒアリングや業務プロセスを、フィールドワークの手法などを用いて見える化し、習慣を根気強く言語化することが重要になります。

  • 組織ルーチンを変革する試行錯誤のプロセスをデザインする


  一度で完璧に定着させようとせず、D’Adderioが提案する、「フレーミング→オーバーフロー→リフレーミング」のサイクルを回す計画を立てます。導入して終わり、ではなく、一定期間ごとに現場の声を収集し、「使いにくい点」など問題点と課題を明らかにしてシステム設定やルールを見直します。これはPDCAサイクルの一種ですが、ここでは特に、現場との対話を重視し、共同でルーチンを再設計する姿勢が重要になります。プラグマティック(実利的)な方法としては、現場担当者を巻き込んだDXプロジェクトを編成し、小さな変更を積み重ねて公式的なルーチンと現場実践を徐々に融合させてゆくことが考えられます。

抵抗の正体を知り変革のヒントをつかむ 


 DX推進における現場の抵抗は一見、ネガティブなことのように思えます。しかし、その正体は長年組織を支えてきた既存の組織ルーチンの裏返しです。言い方を変えれば、変革の鍵もまた、そのルーチンの中に潜んでいるということです。組織ルーチンは持続性ゆえにブレーキになりますが、改善の積み重ねによって内在的に変化を生み出すエンジンにもなりえます。組織論の知見に基づくアプローチで、DX推進の取り組みに新たな可能性を見出していただければ幸いです。

お知らせ


 本連載「組織ルーチン研究の新潮流」は全4回からなり、学術的な知見とビジネスの現場を架橋しながら、組織ルーチンの働きとその可能性を考えてゆきます。次回以降では、「戦略実行」、「ルーチンの基本機能」、「ルーチン変革の方法論」のといったテーマを掘り下げ、実務に生かせるヒントをお届けしたいと思います。 



参考文献

 Cohen, M. D., & Bacdayan, P. (1994). Organizational routines are stored as procedural memory: Evidence from a laboratory study. Organization Science, 5(4), 554–568. 
  Cyert, R. M. & March, J. G. (1963). A behavioral theory of the firm. Prentice‑Hall. 

 D’Adderio, L. (2008). The performativity of routines: Theorising the influence of artefacts and distributed agencies on routines dynamics. Research Policy, 37(5), 769–789.
 Feldman, M. S. (2000). Organizational routines as a source of continuous change. Organization Science, 11(6), 611–629.
 Feldman, M. S., & Pentland, B. T. (2003). Reconceptualizing organizational routines as a source of flexibility and change. Administrative Science Quarterly, 48(1), 94–118.
 Levitt, B., & March, J. G. (1988). Organizational learning. Annual Review of Sociology, 14, 319–340.