リスキリングで組織は強くなるか?:
デジタル時代の学び直しを組織学習へ
現代のビジネス環境では、デジタル技術の進化と市場の変化に合わせて、組織のメンバーが新たなスキルを身につける「リスキリング(学び直し)」が不可欠となっています。特に自動化やAIの登場により、多くの組織で人材の能力開発を戦略の中心に据える動きが見られます。しかし、むやみに知識を習得するだけでは、組織の真の競争力につながりません。本稿では、組織学習論や経験学習モデル、戦略論の基本的な理論を振り返り、リスキリングという新しいテーマを考えたいと思います。
デジタル時代の「学習と適応」
変化の激しい環境では、組織も個人も絶えず学習と適応を迫られます。既存の知識を活用するだけでなく、新たな知識を探索し、得た知識を仕事に活かす姿勢が求められるのです (March, 1991)。組織学習論を提唱したArgyris & Schön (1978)によれば、組織が環境変化に適応するには二つの対処方法があるといいます。一つは対処療法的に問題を解決する「シングルループ学習」。もう一つが、行動の前提やルール自体を見直す「ダブルループ学習」です。世の中の前提自体が常に変化するデジタル時代においては、思考様式やプロセスを問い直す学び直しこそが、組織に求められていると言えます。
現場で生まれる知と越境学習
では、どのようにして組織のメンバーが、これまで前提としてきた思考様式やプロセスを問い、組織全体の学び直しを促すことができるのでしょうか。その鍵となるのが、「振り返り」です。教育学者のコルブは経験学習モデルで、「経験」→「省察」→「概念化」→「試行」という4段階のサイクルを通じて学習が深まることを示しました (Kolb, 1984)。
例えば、新しいデジタルツールを検討する際、まずスモール・スタートで使ってみて、うまくいった点やこれまでの考え方や業務プロセスとの整合性を振り返り、原理を理解して、実際の業務に反映させるといった循環です。新しい技術を、研修などで得られる知識で終わらせるのではなく、実践と振り返りのサイクルを回すことで、組織全体の学び直しや現場改善へとつなげるのです。
さらに、個人の学びを組織全体の知識に高めるには「越境学習」が有効とされています。部署や組織の壁を越えて知見を交換する「実践コミュニティ」(community of practice)では、異なる背景を持つ人々が互いの経験を共有・振り返ることで、新たな発想が生まれます。
Brown & Duguid (1991)によれば、「知識」としての新しい技術や仕事のやり方はしばしば、現場の実際と乖離があり、学習と現場は結びつきにくく、実践コミュニティはこういった「学ぶことと働くこと」を結びつける機能があると論じました。近年、組織内外での学習コミュニティへに参加することが奨励されていますが、その背景には、社員に新鮮な視点を得てもらいたいという企業側の思惑のほかに、DXに必要な発想の転換やイノベーション、その結果生まれるネットワークが地域や社会全体の学習能力を高めるという考え方があります。
人的資源への投資と競争優位
リスキリングへの取り組みは、人材という無形資産への投資でもあります。ここでバーニーのVRIOモデル (Barney, 1991)を確認しておきましょう。彼によると、企業が競争優位を得るためには、以下の経営資源を満たす必要があるといいます。
- Value(価値)…価値を生み出せること
- Rarity(希少性)…他社が持たない希少なものを持つこと
- Inimitability(模倣困難性)…他社に模倣できない独自性ががあること
- Organization(組織への適合)…資源が活かせる組織体制が整っていること
社員のスキルや知識は典型的な無形資産です。すなわち、リスキリングによってその希少性や模倣困難性を高めることは、競争優位を得るための取り組みに他なりません。データ分析やAI活用など、高度なデジタル技術を導入する必要性が高まっていますが、外部業者に委託したり購入することは競合他社でもできます。むしろ、独自の知見(例えば、顧客データの独自の活用法など)を創造し、それをさらなる社員の学びにつなげることで、模倣困難な組織能力を築かねばなりません。
VRIOモデルから分かることは、新たな知識やスキルを活かす組織風土や仕組みが重要だということです。学んだ内容が現場で共有でき、失敗を恐れず挑戦する職場環境があるなど、組織的な受け皿があってこそ、リスキリングは競争力強化につながるからです。
デジタル時代のリスキリングとは
リスキリングはただ知識やスキルを習得することではありません。特に変化の激しいデジタル時代におけるリスキリングとは、個人と組織の学習そのものを変革するプロセスだと言うことができます。
今回は、ダブルループ学習や経験学習モデルなど基本的な視座を取り上げましたが、リスキリングは、従業員一人ひとりの成長と企業の戦略的発展、ひいては社会全体へと波及しうる試みです。自社やご自分にとってのリスキリングとは何か、ぜひこの機会に問い直し、学びのサイクルを回し始めてみてください。
参考文献
Argyris, C., & Schön, D. A. (1978). Organizational Learning: A Theory of Action Perspective. Reading, MA: Addison-Wesley.
Barney, J. (1991). Firm resources and sustained competitive advantage. Journal of Management, 17(1), 99-120.
Brown, J. S., & Duguid, P. (1991). Organizational learning and communities-of-practice: Toward a unified view of working, learning, and innovation. Organization Science, 2(1), 40-57.
Kolb, D. A. (1984). Experiential Learning: Experience as the Source of Learning and Development. Englewood Cliffs, NJ: Prentice Hall.
March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71-87.